[著者] 風樹茂
2日間何も口にいれていない。腹がきゅーと泣く。世界中を巡り、珍味を知り尽くしているおれには、空腹は超つらい。
夢遊病者のごとくデパ地下に辿りつくと、憧れの食物たちが魅惑的な相貌をともなっておれの前に立ち現われた。
饅頭ちゃん、ワインさま、シチューちゃん、餃子君、シュウマイ殿、アワビちゃん、牛肉さま、蟹大王さま。
腕が、腕が、腕が伸びる。
万引き!?
おれは世にいうホームレス。
国費で海外に留学し、首相官邸にも出入りしていた超エリートなのに。それがなんの因果か、自分に落ち度がないのに、つまり他者責任でいつの間にかホームレス。
妻子だってあるのに。最初に公園デビューしたのは上野公園。夜11時を過ぎるとどこもかかしこもホームレスで一杯で、寝床もない。やっと見つけたのは森の中。
ベッドはセンベイ布団どころか、ごつごつの地面。
世界中の5つ星ホテルのふっかふかのベッドで寝ていたおれには、超つらい。春なのに、身体がぶるぶる震えるほど寒い。木々の枝にとまるカラスがおれを狙っている。
くそ!
傘を振りまわして、奴らと格闘し追っ払ったと思ったのもつかの間、ほかのホームレスにおしっこをかけられた。泣きたい!だがおれは負けない。
心の中では伝説のレゲー歌手ボブマレーの「Get up! Stand up! Stand up for your right!」(立ちあがれ、権利のために!)が奏でられた。
夜も朝もおれにつきまう巡査を2度撃破!その後、おれは東京文化会館の軒下に安住の地を見付け、おぼっちゃんホームレスや女ホームレスたちとともに眠った。
ある時、収入のないおれを見捨てたと思った妻子から差入れがあり、目頭が熱くなった。持つべきものは、家族だ。
だが妻子を養う金のないおれは帰宅できない。
やっぱ死にたくなった。そこで公園に長年住む托鉢の修行僧に救いを求めるが、「他人を救うなんてできません」と拒絶される。自暴自棄で、元ホームレスの色っぽい女を誘惑しようとするが、テントさえない底辺ホームレスのおれには無理。
オカマに言い寄られるのが関の山だった。せめて立ち食い蕎麦を食べたい!
そこでホームレスに雇ってもらい、ダフ屋行為で2000円の金を得て、とてつもない幸福を感じる。
でも、明日はどうなる?
定価:110円(本体100円+税10%)