HOME > 書籍一覧 > 小説・ノンフィクション > ノンフィクション > 生きる勇気をくれた言...

書籍一覧

生きる勇気をくれた言葉——パパ死なないで(3)

生きる勇気をくれた言葉——パパ死なないで(3) 表紙イメージ

[著者] 風樹茂

金さえ儲ければいい。そんな価値観の中、ハレンチな企業犯罪は花盛りだ。あなたの夫や恋人も決して無縁ではない。だが彼は口が裂けてもその事実を言えない。
そんなときの救いは何か?
大企業の経理マン、本田義雄(44)の長女千恵は、未熟児として生まれ、あるとき、原因不明の癲癇の発作に陥り、呼吸困難を伴う痙攣から死線をさまよう。
そのときの後遺症と薬の副作用のせいか、心身の発育が遅れた。父親の義雄は千恵が四歳のとき、いっしょに山に登った。千恵はぜいぜい息をはずませる。
痙攣の発作が起これば命の保証はない。が、自分も体が弱かった義雄は千恵の望みを知っている。
他の子供と同じように、遊び、走り、遠足に行き、プールに入る、ごく普通に過したい——小さな、しかし大きな望み。千恵はどうにか頂上まで登り切り、「風の音がきれい」と言う。義雄は千恵がせめて高校を出るまでは、会社を辞めるわけにはいかないと改めて思う。
ところが義雄は、出向中の財テク会社で、直属の上司の背任行為に巻き込まれていた。
上司は会社を騙して21億円もの損失を積み重ねてきたのである。
証券会社との係争が始まり、義雄は裁判要員として会社に残される。会社に大損をさせてきた子会社の社員だ。誰も話しかけてこない。昼飯もひとり。
針のむしろだ。3年間、1人で裁判資料を作る激務の日々が続く。泊まり込みも多い。
子供と遊ぶ時間もない。
夜、オフィスから家に電話をかける。
「パパ、アンパンマン、うまく描いたよ」と千恵が言う。
そんな娘の声が心の支え。小学校になった千恵は勉強はからっきしだめだが、痙攣止めの薬持参で水泳さえできるようになっていた。
そんな千恵を育てあげなくてはならない。
裁判に勝ちさえすれば、会社に残れるかもしれない。
ところが、ある日、決定的に不利な証拠が新聞に掲載され、裁判の敗北がほぼ決まる。
裁判にかけた徒労の3年間。上司の行動を見て見ぬ振りをしていた卑小な自分を許せなくなる。もうたくさんだ!
 死ね!
 死んでしまえ!義雄は7階にあるオフィスの窓をあける。早朝の冷たい空気が流れ込んでくる。
開放感が体を満たす。
ビルの谷間に吸いこまれていくような気がする。
窓のさんに手をかけ、グッと身をもちあげようとした。
その時、耳の奥にふっと千恵の声が聞こえてきた——。

定価:330円(本体300円+税10%)